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思考塾 -創造力育成通信教育学習塾- 

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学校の役割と限界、そして、塾の現状と役割

新たな価値創造で認められ、求められる人へ 真の成長と育成は思考塾が担います

 学校の本来の役割とは何か。もちろん、学業が学校に期待される主たるものであることは間違いない。しかし、決してそれだけではないことも事実である。すなわち、学習面だけでなく、人間形成、社会生活の基礎といった社会的自立基盤を育てる側面があり、これまでの学校は、教科(授業)と特別活動(生活と行事)の二本柱で教育を行ってきた。そのような中で、生徒会などの自治的活動の育成も重要視されてきた。そうすることで、基礎学力(教養)、集団生活などを含む社会性の二つを育成することが目指されていた。もう少し別の表現をするなら、勉強だけでなく、コミュニケーションやメンタル面といった言い方もできる。

 しかし、現実に目を向けるとこのバランスが崩れてきていると言える。そこには、学校という枠の持つ限界の存在が大きな影響を与えている。学校における授業も含めた活動は、基本的に教育指導要領に基づいて行われることになる。最近では、学校ごとの裁量もかなり認められるようになってきてはいるが、あくまでも指導要領の範疇の中、これを逸脱し、反することが無いという条件が付きまとうことになる。

 例えば、少なくとも義務教育においては、学校は全てのレベルを対象にしなければならない。ここでいうレベルとは、もちろん学力という意味もあるが、意欲などのメンタルな側面も含まれる。すなわち、意欲、モチベーションの有無とは関係なく教育・指導しなければならないのである。このような制限の中では、自ずと平均、または、僅かに下位レベルに合わせなければならないことになる。すなわち、上位層、下位層は無視される構図に自然となってしまうのである。

 しかし、このような状況であっても当初考えられた学校の役割の中では、ある程度の問題はあったものの、それなりの成果も期待することができた。ところが、近年の受験偏重ともいえる状況においては、学習という側面の比重が多くを占め、内在していた問題が顕在化するという状況になってきている。例えば、いかに建前を並べたとしても学習のための学習になってきているという側面を否定することはできない。しかし、学校という役割の限界のために、学習以外の側面を無視することはできず、どのような児童、生徒であっても拾い上げなければならない。また、そもそも義務教育自体が、必要最低限の基礎の基礎を教えることがベースになっているために、望まれる水準の学習レベルを提供しきれないという現実がある。

そのために、現実的にはその要求に対応できずに、半数以上が塾に通っているという状況であり、特に中学校は、高校受験のためという側面が極めて強くなっていることは否定できない。さらに、学校という性格上、受験のための学習というベクトルを前面に出すことはできず、学習の意欲にとって必要不可欠な何のために学ぶのかという理由付けを示すことができないのである。もちろん、制度上の問題だけではなく、原則としてアウトプット、すなわち、定量的な学力の向上や進学率などは求められないという立場を積極的に取り込むという姿勢にも問題の一端は潜んでいる。加えて、学習的側面だけでなく、戦後の揺り戻しのために必要以上に権利意識が強調されてきたために、義務とのバランスが崩れてきており、さらに、個性化・自由化の教育改革が、基礎教育全体を崩すことになってきている。

 このような学校の現状と、多くの問題はあるものの受験への対応という望みを叶えるために「塾」という選択がされている。確かに、塾には学校が課せられているような足枷はなく、基本的に学ぶ気持ちを持つ者が集まっている点で学習の場とすることは容易であるとも言える。また、良いか悪いかは別として、受験という明確な目的・目標が存在することからモチベーションを生み出すことも難しくない。さらに、学校のように平等を前提とする必要はなく、レベル別の階層化を行うことなども可能であり、学校では厳しい指導にうるさい親も、塾の厳しい指導は歓迎する。

 しかし、学習という側面において塾が最適であるとは決していえない。塾を選択する理由はもちろん一つではないが、大部分は受験を目的としていると言っても過言ではない。また、決して安くはない費用を負担して塾を選択しているので、当然ながら結果が求められるという大きなプレッシャーも存在する。このような状況の中では、当然ながら塾は受験に特化した、受験のための知識とテクニックを教育することに特化していくことになる。極端な表現をすれば、本当に理解しているかどうかではなく、受験のときにテクニックとしてその問題を解けるかどうかということが目的化していくことになる。

もちろん、受験が全てであり、そこが最終ゴールであるならばそのようなやり方というのも否定されるものではないと言える。しかし、本来の学習とはそのようなものではなく、理解することが大前提のはずである。この点については、他項でも述べているとおりであり、我々思考塾もこの点を重視するところである。学習指導要領に束縛されない、それぞれの目指す教育を行うことができるというある意味塾の特権を活かして、受験に特化しない、総合的な育成を目指しているのが思考塾である。
 

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