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思考塾 -創造力育成通信教育学習塾- 

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日本式根性論の弊害

新たな価値創造で認められ、求められる人へ 真の成長と育成は思考塾が担います

  一時期に比べるとかなり改善されてきていますが、スポーツに限らず学習の場においても注意しなければならないこととして、根性主義の弊害があります。特に、日本の教育界においては、スポーツ分野も含めて、何かを得るためには辛い思いをすることが必要という大きな間違いが根付いてしまっています。上達するためには苦しい思いをして練習しなければならない、すなわち、辛いことは夢の達成のための必須条件であると言わんばかりの考え方です。練習は否定されるものではなく、多くの場合練習は辛さを伴います。しかし、残念ながら苦しい練習で必ずしも強くなれるわけではありません。より効率的な方法があればそれを選択すればよいのです。ところが、現実にはそのようにすると、楽をしている、手抜きをしていると言われてしまいます。

 しかし、前述のように辛いことは必要なことではなく、場合によっては必要となるものの一つでしかないのです。楽をすることは悪であるという考え方は大きな間違いであり、目的や目標が達成できるのであれば、楽(効率的)な方が良いのです。辛い思いをしたからといって、目的が達成できるわけではありません。辛さの度合いと達成確率は比例しません。別の言い方をすれば、人生とは我慢ではありません。我慢が必要なこともありますが、それはたくさんある要素の一つでしかありません。

 別の側面からみると、根性論は教育する側にすれば楽な方法であるとも言えます。すなわち、学ぶ対象だけを伝えて、そのあとは自分で努力して頑張ってたくさんの問題を解いて、何度も書いて、理解できるまでやりなさい、と言えばよいのです。そして、その結果理解できなければ、あなたの頑張りが足りなかった、次はもっと頑張りなさいというだけで良いのです。自分に非はなく、学ぶ側の責任とすることができます。

 すべての場合に言えるわけではなく、場合によっては本当に学ぶ側の責任であることも多々あります。しかし、特に初等教育、小学校や中学校において理解できないという状況の責任主体は教育する側にあります。初等教育では、基礎的な知識を教えることはもちろんですが、それと同等かそれ以上に重要なことが「学び方」、「勉強の方法」を教えることにあります。したがって、理解できない、上手に学べないという場合には、少なくとも初等教育においては教える側の責任が大きいと言えます。

 ただし、大学生にもなれば、今度は学ぶ側の責任の方が大きいと言えます。学びたいと希望して大学に入っているのですから、それまで以上に学ぶ努力をすることが必要であり、分からなければ分かるまで質問するというような努力をしなければなりません。しかし、これが社会人になると、半々ぐらいになると言えます。これは、会社に入るとことで全く新しい世界でそれまでとは異なる「学び」を要求されるからです。教育する側もそういう状況を理解する必要があり、学ぶ側も完全な無知ではないのですから、それまでの学びの蓄積を活かす必要があります。

 人の人生の中で学びに使える時間は有限であり、現代社会の早い時間の流れは学ぶ時間に余裕を与えません。だからこそ、より効率的に様々なことを学ぶことが必要となるのです。ただし、努力が不要というわけではありません。やはり努力は必要です。しかし、不要な努力をするのではなく、必要な努力を選択することが必要なのです。

 

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