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思考塾 -創造力育成通信教育学習塾- 

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理解と記憶の違い

新たな価値創造で認められ、求められる人へ 真の成長と育成は思考塾が担います

 別項でも述べています受験偏重の弊害と、教える側の質の低下などによって、学習の意味と目指すものが本来の意味からは変わってきています。それに伴って、学習のゴール、すなわち、何をもってその学習が達成できたかという基準も変わってきています。言葉の選択が非常に難しいのですが、分かりやすい表現をするならば、学習のゴールは「理解」することです。しかし、前述のような背景から、現代における学習のゴールは憶えていること、すなわち「記憶」になってしまっています。

 このことが意味することは、とても重要で深刻なことです。すなわち、本来の学習の根本である「理解」ではなく、単に言われたことをそのまま書けることが求められていることになります。このことが示す最も深刻な問題の一つが、理解は関係なく、単なる記憶であるために、記憶したことと同じ課題には対応できますが、少しでもそこから外れると急激に分からなくなるということです。すなわち、応用力が無いということです。

 また、教える側の都合も手伝い、記憶の内容もその後に行われる記憶の確認、すなわち、テストに対応できる内容に合わせていることも問題を複雑化させています。言い換えると、答えが先にある、答えを前提とした後付の学習になってしまうということです。したがって、本質に到達することなど到底できません。

 では、理解と記憶の違いはどこにあるのでしょうか。厳密に定義して、両者の境界を明確に規定することは極めて困難です。しかし、一つの考え方を示すならば、応用力と創造性にその違いを見い出すことができます。現在の学校教育で行われている記憶型学習では、説明されたことに対しては答えることはできますが、一歩進んだ応用問題への対応は困難になります。また、新たな創造、ブレークスルーを行うこと、すなわち、進歩を期待することは難しいと言えるでしょう。ここで言う進歩とは、社会的に見て認知されるほどの大きなものではなく、個人の中での成長という意味も含んでいます。

 一方、理解とは、その知識や情報を文字通り自身の血肉として取り込んだ状態と言えます。理解の到達点は、学習した内容を自身の表現として具現化できる、解説ができる状態ということができます。そして、もちろん、その理解した内容を用いて新たな創造を行うことに繋げることができるようになります。例えば、学習した内容を一つのイメージ、絵として表現できる状態などです。

 しかし、現実にはこのような状態に到達することは容易なことではありません。しかし、諦める必要はありません。最初は、漠然としたもの(イメージ)であっても良いのです。言うなれば、感覚認識、直感的理解から始めれば良いのです。それを繰り返し、積み重ねることで真の到達点に進んでいけるようになるのです。そして、そのような状態になれば、意図的に記憶しようなどと努力する必要も無く、自然に記憶されているはずです。自分で考え出した表現として構築したわけですから、記憶されていて当然です。自分で考えたことを忘れる人はいません。

また、このことを別の側面から見ると、自己の独自表現による記憶強化とも表現できます。ここでは、けっして記憶する努力を否定しているわけではありません。ただ、記憶だけという学習の方法に問題があるだけです。しかし、どうしても記憶する必要があることも存在します。そんな時にも、単純に繰り返して記憶することに時間と労力を割くのではなく、対象を自己の表現として加工することで記憶を促進、強化するのです。分かりやすい例を挙げるならば、円周率や平方根、年号などを語呂合わせして憶える作業は、一種の加工であるといえるでしょう。余談ながら、記憶に費やした時間と記憶の保持期間は相関していますから、いかに一夜漬けなどの記憶偏重学習が無駄かということが理解できるはずです。

 思考塾では、短絡的に記憶学習に頼るのではなく、真の血肉となる学習を実現しています。是非、一生ものの価値を持ち続ける学習を体験してください。そして、一度身につけた適切な学習法は、生涯にわたって全てに応用できるのです。



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