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学習の意味と勉強する理由

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 この文章を読んでいる人の全てと言っても良いぐらいに、誰もが一度は言われたことのある言葉があります。それは、「勉強しなさい」という言葉です。この言葉を発する最も代表的な人は両親であり、また、先生と呼ばれる人たちです。そして、そういわれた時に、これもまた必ずと言ってよいほど問い返した言葉あったはずです。それは、「どうして勉強しないといけないの?」です。日本中、いえ、世界中で毎日どこかでこんなやり取りが続けられてきました。

 しかし、残念なことにこの会話が成立することは極めて少ないと言えます。すなわち、なぜ勉強しなければならないか、という問いにきちんと答えられる大人ほとんどいないのです。ある時には、「勉強しないと将来苦労する」、「いい大学に入れない」、「いい会社に入れない」といった答えが返されたこともあるでしょう。しかし、これらは問いに対する答えになっているでしょうか。肝心のなぜ将来苦労するのか、なぜいい大学、いい会社に入らないといけないのか、ということが説明されていません。

 確かに、言いたいことはわからないこともありません。今の社会構造では、それが正しいかどうか別にして、勉強しないといい大学に入れない、そのためにいい会社に入れない、だから、十分な収入がえられないということは全面的には否定はされません。しかし、これらの前提として、将来の希望が自分の思い(やりたいこと)とは別に、できるだけ安定した生活をすることであり、そのためには良い会社に入る必要があり、そのための大学ということ、さらには、安定した生活がだれにとっても至上の幸せであるということが必要です。

 果たして本当にそうでしょうか。確かに、日々の生活に追われ、食べるにも困る状態が望みだというケースは無いといっても良いでしょう。しかし、だからといってそれが不幸であるというわけでもありません。人にはそれぞれに望みや希望、幸せの基準があります。また、現在は少し以前のように大学に行けば必ず就職できるわけではなく、大手企業に入れば安泰であるということは成立しなくなっています。

 ここまで読んでこられて、要するに勉強する必要はないということが言いたいのか、と思われた方もいるでしょう。しかし、残念ながら決してそうではありません。学ぶことは、人間にとって必要不可欠なことです。ただ、それが必ずしもいわゆる「勉強」、すなわち、受験のための学習ではないということです。

 では、人はなぜ学ばなければならないのでしょうか。もちろん、正論としては成長するため、社会の役に立つためなどいくらでも理由はあります。しかし、人はそういった正論だけでは苦しいことに立ち向かい続けることはできません。そういった正論はもちろん否定されませんが、人が勉強しなければならないのは、実際にはもっと泥臭いことであり、自分が幸せになるため、自分のための目標、目的を達成するためでもあるのです。

 もちろん、理想的には将来の夢が明確に決まっていれば、その夢のために必要な勉強だけをすればよいのでしょう。しかし、例えば小学生や中学生の段階で将来の夢が語れるでしょうか。そんな子供たちを相手に、将来の夢のためと言っても、分数がどうして必要なのかという答えにはなっておらず、理解もできません。

 しかし、夢が決まっていないからこそ様々なこと、基礎的なことを学ばなければならないのです。夢が決まらないからと言って、今勉強していることが必要になるかどうか分からない、勉強しても無駄になるかもしれないから何も学ぶ必要が無いということにはなりません。もし、そうやって学ぶことをしなかったとします。そして、夢が決まった時に勉強をスタートして、果たして間に合うでしょうか。人生の時間は限られています。時間を巻き戻して学ぶことはできません。例えば、30歳になってやっと技術者になりたいと思ったとしても、それから、数学や科学などの基礎科目から勉強して果たして間に合うでしょうか。

 どこに進むか分からないのであれば、なおのこと、幅広く基礎を学び、どんな夢が見つかった時でもすぐに進んでいけるようにしておかなければなりません。言うなれば、選択の自由を広げるために勉強すると言うことができます。

 また、別の側面で言えば、夢を見つけ、選択するためには知識が必要です。無知では、夢の存在にすら気づくことができないでしょう。人は知っているものの中からしか選択することはできません。典型的な例は、外国に理想の夢が存在していたとしても、その国のこと、そして何よりもその国の言葉が分からなければどうにもなりません。また、選択のためには様々な事柄との比較や、対象を深く理解する必要があります。すなわち、選択のための知識を得るために学ばなければならないのです。

 このように学ぶ理由を理解することは、言い換えると将来のための練習、もう少し違う言葉で言えば準備とも言えるかもしれません。スポーツであっても、ゲームであっても、練習しないと上達はしません。これと同じことで、夢を見つけ、達成するためにはそのための準備となる勉強が必要となるのです。このように認識することで、勉強とは自分のためという理解とモチベーションが生まれるのです。

しかし、闇雲に言われるがままに勉強すればよいというものではありません。現代は、「勉強(進学、学歴)=明るい未来」は成立しないのです。言い換えるなら、必ずしも、「一般的な社会的成功(出世など)=幸福」ではないということです。ところが、夢を見つめるために勉強するのだとモチベーションを奮い立たせても、人は不確定で漠然とした夢だけ、または、場合によってはその漠然とした夢ですら認識できていない状況では、モチベーションを保ち続けることは容易ではありません。その意味で、受験というのは目先の比較的わかりやすい目標として、学ぶ側、教える側、そして、社会にとって都合の良い存在であると言えるのかもしれません。しかし、受験、進学とは、方法、手段の一つでしかないのです。

重要なことは、自分の幸せの基準、そして、それを得るための条件を知り、夢を現実化していくことなのです。勉強する力、そして、集中力とはだれでも持っているのです。ただ、その向ける、または、向けられる対象が分からなかったり、間違っているだけなのです。

 

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