思考塾 -創造力育成通信教育学習塾- 

Home>本当の成長のために>受験・進学と学習の意味

学習(勉強)する理由

新たな価値創造で認められ、求められる人へ 真の成長と育成は思考塾が担います

 さて、なぜ人は勉強するのでしょうか。なぜ勉強しなければならないと言われているのでしょうか。しかし、ここに大きな問題があります。必ずしも人は勉強しなければならないわけではありません。本来は、何かの目的を達成するために、自分で必要と思うからこそ勉強するものです。ここで言う目的とは、受験などの試験や、研究開発などのためかもしれませんし、知りたいという欲求を満たすためかもしれません。いずれにしても、何かの目的があって、その手段として勉強があるのです。しかし、実際には勉強することがあたかも目的のようになってしまい、勉強のための勉強というような状態になってしまっているケース数多く見られます。

そんな状態で本当の勉強が出来るでしょうか。勉強とは、大きくは自分が幸せになるため、自分のための目標、目的を達成するためにするもののはずです。そして、より多くの知識を身に付け、目的を達成して幸福感を得るためには、自分のためという理解と、それから生まれるモチベーションが重要となります。大学に行く、受験のためというだけで、それが最終ゴールとなってしまっていてはもちろんいけません。しかし、今は将来の自分の姿が分からない、だから、来るべきその時の選択の自由を増やすためには、今の社会であれば大学に行くということが良くも悪くも重要な要素なっている。だからそのために、まずは受験に勝つということを直近の目的とする、というのは否定されるものではありません。

 また、今選択できないのは、どんな選択肢があるのか、その中からどうやって選べばよいのか分からない、すなわち、対象に対する知識や理解が足りないためとも言えます。その状態を理解した上で、選択のための知識を得るために勉強するということは正しい判断と言えるでしょう。人生の時間は限られています。後戻りして時間を無駄にしないために選択の自由度を広げることは正しい判断です。そして、年齢制限など場合によっては後戻りができないこともあります。そんな悔しい思いをしないためにも、選択の自由度を上げるために勉強する。

 ただし、ここで注意すべきことは、現代において必ずしも「勉強(進学、学歴)=明るい未来」は成立しない、ということです。誰にとっても、有名大学に進学して、有名企業に就職することが人生の幸せを保証するものではありません。人それぞれに、適した場所、いるべき場所があります。したがって、勉強して受験に合格することが全てであり、それで「勝ち組だ」、「人生は安泰だ」、「幸せになれる」などとは思わないことです。必ずしも、「一般的な社会的成功(出世など)=幸福」ではなく、受験、進学とは、方法、手段の一つでしかないということを理解しなければなりません。

 そして、儒教の影響なのか、特にアジア圏で多いのが「根性主義」とでも言えるものの弊害です。すなわち、何かを得るためには辛い思いをすることが必要という大きな間違いが蔓延っています。まるで、人生とは我慢することである、とでも言うかのごとく自分を追い込んでいる人がたくさんいます。しかし、辛いことは必要なことではなく、場合によっては必要となるものの一つでしかないというのが正しいのです。「人生≠我慢」であり、辛い思いをしたからといって、目的が達成できるわけではありません。すなわち、「辛さの度合い≠達成確率」だと言うことです。そうです、楽をすることは悪であるという考え方は大きな間違いなのです。目的や目標が達成できるのであれば、楽な方が良いのです。

 しかし、現実には日本の教育は受験を中心にシステム化されています。そんな基盤の上に立って教育が行われるわけですから、前述のような大きな間違いが起きてしまうのですそして、その間違いは勉強するために目的意識と同様に重要な「集中力」を生むことをせず、逆に削ぐように働いています。集中力とはだれでも持っているのです。ただ、その向ける、向けられる対象が分からなかったり、間違ったりしているだけでしかないのです。しかし、前述のように日本の教育では受験を目的としていますから、本来の目的の一つである選択肢の自由を広げる、言い換えると、集中力を向ける対象を見つけ出す部分が全て削除されているのです。そんな状態で果たして、集中力を発揮することは出来るでしょうか。

 また、もう一つ日本の教育の中で伸びる要素を潰していることがあります。それは、日本の教育は長所を伸ばすのではなく、欠点を無くすことを基礎としている点です。このような考え方のもとでは、当然ながら教育、授業の基準は最底辺層であり、言うなれば、上を下に合わせる教育です。もちろん、理解度が低い生徒もきちんと理解させて育てる必要があります。しかし、そのためにより高く遠くに進める生徒を待たせる理由は何処にもありません。同時に進めないほど理解度に差が生まれているのであれば、グループを分ければ良いのです。ところが、間違った平等意識を教え込まれた親たちは、それを差別と言います。しかし、実際にはそんな風に一纏めで進めること自体が差別とも言えます。

 このような、教育思想では特徴の無い丸い人間を育てることしか出来ません。しかし、本当に必要とされるのは、思考力、創造力を持った星型人間なのです。思考塾では、そんな星型人間を育てています。

真の成長のための本当の学習 思考塾だけがそれを可能にします

ご相談、お問い合わせは、まずは下記までお気軽にメールをどうぞ


  •  このページはお役に立ちましたか?

    YES    NO