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褒美と罰、そして、意味づけ

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 教育において、「飴とムチ」という言葉は多くの方が聞いたはずである。基本的な考え方は、何かの課題ができた場合や指示通りに行動した場合には褒美を与える、逆に、課題ができない場合や指示が守れなかった場合には罰を与えるというものである。意図的な場合にはもちろんのこと、無意識にこのような方法を採用している場合も含めて、実に多くの教育の場面、さらに言うならば、子供との対応の中で用いられていると言える。

 詳細には、親や教師の考え方として様々なケースが含まれる。例えば、本当に良くがんばったという思いから、親や教師の人間としての気持ちから褒美を与えてあげたいという気持ちが発端となっているケースもあれば、普通に言っても言う事を聞かないので褒美で釣るというケースもある。後者の場合などでよく言われることに、いつもそんな風にしていると物を与えないと言うことを聞かなくなるから難しいと言うこともよく言われることである。

 いずれにしても、多くの場面で使われる方法であることも手伝って、その難しさもある程度は理解されていると言える。しかし、この褒美と罰、という考え方の中に潜む本当の難しさを知る人は残念ながら少ない。多くの方は、褒美を励みとしてやる気を生み出し成果へとつなげる、罰から逃れたいという思いから行動を起こさせるというような認識であろう。確かに、このような考え方でそれなりの効果を生み、成果へと繋がることもあり、決して全否定されるものではない。しかし、残念ながらほとんど認知されていないが、古くから何度も検証され、その妥当性が研究者や専門家の間では認められている非常に興味深い実験結果がある。

有名な心理学の実験で「ロウソクの問題」というものがある。これは、1945年に、カール・ドゥンカーという心理学者が考案したものであり、多くの行動学の実験に用いられてきた。詳細は省くが、ある程度の閃きや発想の転換が必要な思考型の問題だと理解すればよい。この問題を使って、サム・グラックスバーグという科学者がインセンティブ、すなわち、報酬(ご褒美)に関する興味深い実験を行った。

 二つのグループに対して、問題が解けるまでの時間を計ると告げて実験を開始する。ただし、一方のグループには「上位25パーセントの人には 5ドルお渡しします。1番になった人は20ドルです」という条件を与える。さて、二つのグループを比較したとき結果はどうなったか。一般的な褒美と罰の理解で判断すれば答えは明白なはずである。しかし、実際には報酬を提示したグループの方が問題を解くまでにより長い時間が必要になったという結果になった。すなわち、思考が鋭くなり、クリエイティビティが加速されるようにと報酬を用意したにもかかわらず、結果は反対となり、思考は鈍く、クリエイティビティは阻害された。

 この実験のさらに興味深いことは、同様の実験が40年以上にわたって繰り返され、再現されてきた点にある。この成功報酬的な動機付けである「アメとムチ」式(行動学的にはIf Then式と呼ばれる)は、一般的な理解や期待とは裏腹に、多くの作業ではうまくいかず、時には害にすらなるのである。これは社会科学における最も確固とした事実の1つであり、最も無視されている事実でもある。

 もう一つ、興味深い実験結果がある。この実験では問題を単純化して平易にし、誰でも少し考えれば容易に解ける内容、言い換えるなら思考の必要性は低く、単純な作業に近い問題とした。その結果、先の問題とは正反対に報酬を提示したグループが圧倒的に早く問題を解いた。

 すなわち、If Then式の報酬は、このような作業にはとても効果があると言える。これは、単純なルールと明確な答えがある場合には、報酬が効果的に視野を狭め、心を集中させる効果をもたらすためである。したがって、運動会の競争のような単純な作業に対しては、報酬による狭い視野で目の前にあるゴールをまっすぐ見ていればよいので、アメとムチ型のシステムが機能する場合が多いのである。しかし、本当のロウソクの問題では、答えが目の前に転がってはいないため、そのような見方では答えにたどりつけないので、周りを見回す必要がある。しかし、報酬は視野を狭め、私たちの可能性を限定してしまうために逆に効率を落とす結果となるのである。

 これらの結果は、現代社会においては非常に重要なことであるといえる。現代社会においては、サルでも分かるような単純な問題は少なく、本当のロウソクの問題のような思考力や想像力を必要とされる種類の問題が増えている。ルーチン的、ルール適用型、左脳的な仕事、ある種の会計、ある種の財務分析、ある種のプログラミングは、簡単にアウトソースができ、簡単に自動化できる。そして、多くの場合ソフトウェアのほうが早く正確に行うことができる。今、そして、今後重要になるのは、もっと右脳的でクリエイティブな考える能力なのである。

 この事実をもとに考えるなら、子供たちの教育において安易に褒美や罰をその手段として用いることには決して適切なものではないことが分かる。しかし、残念ながら前述のように多くの人はこの事実を認識していないのである。ただし、褒美を罰という手段を使っていけないというわけではない。前述のような事実を認識した上で状況に合わせて適切活用していくことが必要なのである。

 例えば、漢字の書き取り練習などのような単純作業が繰り返され、深い思考が必要とされないような場合などのように、深く一つのことに集中することが要求される時には、褒美と罰という方法が効果を発揮することが期待できる。しかし、数学の応用問題などのように多面的な視点から複雑な思考が必要な場合には逆効果となることがある点に注意しなければならない。

 では、褒美と罰が適切ではないようなケースに対してはどのようなやり方で対応していくことが適切かについて考えていく。ここで重要なことは、いかにして子供たちにモチベーションを与えていくかということである。最も効果的なモチベーションの与え方の一つは、対象に対して興味を抱かせることである。例えば、子供たちの日常と関連付けて、課題と子供たちの繋がりを理解させることで子供と課題との間の距離感を近づける、(理科などの場合には特に効果的であるが)子供が興味持つと期待できるような関連する周辺知識を与えることなどの方法が考えられる。このように、興味を持たせることは年齢層を問わず有効であるが、特に他の方法が用いにくい低年齢層で効果的であるといえる。

 また、別の方法として、課題に挑戦することの目的や意味を明確にして、その必要性を理解させるというアプローチも有効である。例えば、子供がやりたいと望んでいること、将来の希望をゴールとして考え、そこに到達するために必要なプロセスであるということを理解させるなどのように、子供にとってうれしさを気づかせてあげることが必要となる。

 この他に様々なケースが考えられるが、最も重要なことは安易な褒美と罰という方法の採用は慎むべきでものということである。この理由は、前述のように単純に繰り返しによる効果の低下というだけでなく、本質的な問題点として、場合によっては負の影響を生んでしまうものであるということを理解しなければならないということにある。ある意味では、褒美と罰という方法は教育する側にとっては楽な方法であると言える。だからこそ、安易な方法に頼るのではなく、本質的な成長を促すような方法を常に試行錯誤していくということを心がけなければならない。

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