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受験といシステム(必要性と弊害)

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 「受験」というもののシステム上の問題については別項でも述べています。しかし、では受験自体があってはならないもの、「悪」なのでしょうか。いいえ、決してそんなことはありません。子供たちに限らず、人は誰でも夢を持っています。そして、多くの場合、その夢の実現のためには様々な条件が存在します。オリンピックに出たいという夢があれば、その競技において人よりも秀でた実力を手に入れなければならず、そのためには練習などの努力が必要です。しかし、頑張った人すべてがオリンピックに出られるわけではありません。予選を勝ち抜き、代表の座を手に入れなければなりません。ある意味では受験と目的は同じで、同じ夢に集まってきた人達の中から、その能力を基準に選抜を行います。どうしても選抜を行う必要があること自体は、否定されるものではありません。

 しかし、これと受験が異なるところ、現実の受験における問題は、受験の場合にはその選抜の方法と基準が適切ではないということです。その原因となるものとして、受験というシステムには他と大きく違うところがあります。受験以外のものは、その選抜をクリアするために努力して手に入れたスキルは、その世界にいる限りは必要不可欠なものであり、役に立ち続けるものだということです。しかし、受験の場合には必ずしも受験で問われるスキル(知識)が実用的、その後も必要な不可欠で役に立つものであるとは限らないところに問題があります。すなわち、現在の受験システムの最大の問題は、受験の終了と共にその価値が急速に低下するようなものを求めているということです。
 そして、同時に受験をする側も単なる通過点でしかない受験をゴールと勘違いしてしまっている点があります。本来受験とは、未来にある大きな目標を実現するための学習をするために高校や大学に入学するために存在します。すなわち、本来は受験が終わってからが本番のはずです。しかし、現実がそうなっていないことは明白です。この理由は明らかであり、未来にあるはずの実現したい目標が存在しておらず、その学校に入ることが最終目標になってしまっているからにほかなりません。

 これらの本質的な問題のほかにも、選抜方法にも問題があります。受験とは、合格後にその学校で学習するための学力があるかどうかを確かめるためのものです。しかし、実際の多くの受験問題では、理解を問うこと、必要な学力を確かめることよりも画一的な採点がやりやすいことの方が重視されています。例えば、記号問題や穴埋め問題などはその最たるものです。なぜ、記号や穴埋めである必要があるのでしょうか。自由記述で何も問題はありません。これらは、ひとえに採点のし易さを求めた結果です。また、明らかに答えが先にあって、それを覚えているかどうかだけを求めている問題、複数の答えが考えられるにも関わらず教科書の記述と同じものだけを求める問題などです。これらは、いずれも出題者、採点者の都合です。

 そして、問題をさらに深刻にしているのが学習のやり方です。本質的な知識の習得を目指すのではなく、このような受験に合わせた受験のためだけの、テクニックの学習となってしまっていることも問題なのです。

 受験を無視することができないのも否定できない現実です。そして、受験そのものが必要であるということも否定されるものではありません。であればこそ、受験で終わるのではなく、本来の目標を見据えて、血となり、肉となるような学習を心がける必要があるのです。受験というシステムに問題があるのは、前述の通りです。一方、人は目標が無いと努力の継続が難しく、その目標も将来にある漠然としたものだけでなく、そこに繋がるより明確なものが重要なことも事実です。したがって、受験というシステムに踊らされるのではなく、上手く自分のモチベーションコントロールや効率的な学習の方法の一つとして活用することを考えるのです。決して、受験と共に燃え尽きるのではなく、受験は一つの通過点であり、それをも糧としてさらなる成長によって本来の目標実現に一歩ずつ近づくのです。

 思考塾が目指すものは、受験型学習塾が求める即物的なものではありません。しかし、そのような一定の対象に対してしか役に立たないような限定的な知識と能力ではなく、どのような対象に対しても、そして、未知の未経験の対象に対しても柔軟に対処できる知識と能力の修得を行います。


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